2018年8月19日日曜日

近況20180819

<<追記20180819
昨日は外国語とUMLやった。
今週はそのくり返しだった。
明日から通常モードである。
休日はなんかいつもと違う事やりたくなる。
それでもゆっくりした。
元気には元気になった気はする。
その分仕事せなああかんかなという気はする。
一応これでも自由を目指している。
あんまり考えなくてもいいように進んでいる。

その結果ここに来て
あんまり言いたい事もない。
平日は自分の好きな昼食食べれるので
それはそれで楽しみではある。
あとは読書ぐらいが
気分がいい原因である。
仕事は疲れるけど
よく寝て健康かなあと思う。
そんなありきたりな日常をくり返してるだけである。
そこに何かの発想を求めている。
何にも考えなしにやっているわけではない。
無理にとか無駄にとか極力避けている。
私への文句は苦し紛れである。
私はそんな努力しない。
どうしたら私が可能になるのか考えている。
なるべくありえる線を考えている。
ありえない線は考えない。
それなのに無駄な文句が多すぎる。
こんなくり返しで
いつになったら正解になるのか
私には理解不能である。
無意味に無駄な時間が過ぎている。
そんな手前日本語にならなくて当然である。
不正解ならべたって理解不能なだけである。
それが私の実感である。
私には異次元の人である。
理解しがたい奴である。
それが当の本人もわかっていない。
話が成立しない。
私にとってひたすらにありえないだけである。
それを私にどうしろと言うのかわからない。
本当に厄介な人である。
もう烙印を押すしか手がない。
面倒に面倒である。

それでも明日はやってくる。
ボチボチやりたい。
<<追記20180819end

<<追伸20180819
日本の英語は受験英語である。
本当の英語とは違う。
食べる切るとか動詞の異なるニュアンスの単語はたくさんある。
受験英語で表現してもニュアンスは異なる。
だから日本にあるものが絶対なんて無い。
それなのに競争している。ただ予算の獲得のためである。
それで結果が出なければ犯罪と同じである。
だけど結果が出ないのが普通なのである。
だからあんまり心配いらないかもしれない。ただあるのは責任である。
天動論から地動論になったのは明らかにパラダイムシフトである。
今の科学につながっている。
科学の考え方そのものがつまっている。
シンプルで美しい式が正しいという価値観は我々にも決定的な価値観である。
そんな事が受験英語にあるかというとただ競争の道具しかないと思う。
受験英語で何かが理解出来たとか何かが表現出来たとか全然聞かない。
ほとんど形だけ存在して受験英語化している。
東大が後何年か後のTOEICなどの資格を認めないのは
ほとんど英語教育の失敗をあらわしていると思う。
なんにも英語を理解していないし表現できていない。
そのあらわれである。もしこの壁を突破出来たら
英検も変わるだろうと思う。世界から日本式英検がもてはやされるだろうと思う。
だけどそんな現実になっていない。
ただひたすら競争の道具になりさがっている。
それが今の所私の現実感である。
そんな手前私は細々と努力している方がマシと言う身分でいる。
あんまりカッコ良くない。
細々している方が私の王道なのである。
極めて現実的である。理想を語る気になれない。
理想ほど他人にとって迷惑なものない。
それが私の選択である。
<<追伸20180819end

0 件のコメント:

コメントを投稿