2019年3月22日金曜日

雑記と短歌と俳句

<<追記20190322
私自身あんまりやさしいと思わない。
人には温和だと言われるけど温和だと思わない。
そこには苦しさが横たわってる気がする。
可能性にはかけるけどそれにのめりこむと何がやさしいのかわからなくなる。
なので私自身あんまりやさしさとか温和とかチンプンカンプンである。
他人の可能性にもかけたいのが私の気持ちである。
だから他人を尊重する。他人の可能性を信じたい方である。
だからそういう他人の付き合いしか出来ない。
なので可能性が無くなったら他人の付き合いは無くなる気がする。
それが私の他人に対する心配である。
可能性も無く信用も無く友達にならない気がする。
もしかしてそれが成立したら日本国民は崩壊するだろうと思う。
自分の出来る事しなければ民主主義は成立しないからである。
まず日本国憲法が崩壊する。
それなのに仕事が出来ないとか勉強が出来ないとか運動が出来ないとか
述べても話は成立しない。
もっとこうすれば出来るよねぐらいが関の山である。
なので私自身がそんなにやさしくて温和なのかあるとすれば
他人の笑顔が好きだぐらいしか若い人見ててそう思う。
楽しい事をいっぱいしたい。それがやさしさなのか温和なのかこれはこれで戦いである。
そんな他人を受け入れるしか私には出来ない。
それが私に民主主義が成立しないのは無用の長物だからぐらいしかない。
私にはそれをどうする事も出来ない。神様に聞いてくれぐらいしかない。

それでも明日の朝はゆっくりする。
ボチボチやりたい。
<<追記20190322end

短歌十首更新 ---> http://wakkii.umu.cc/poem_road/2019_3.html 


---> わびしさもいつまで続く憂鬱に気合をこめて日課あるのみ 行月 
---> やりきれぬ思いを胸に仕事あり過ぎ去りしもの健康かしら 行月 
---> 春光の気持ちはどこか先にありやってやろうと身構えるなり 行月 
---> 私にも何が出来るか唱えても悪戦苦闘問題ばかり 行月 
---> 天城から歩き疲れてしのぶけどなんとかなるさ梅を見ながら 行月 
---> 土日からやる事やってなせばなり健康祈る春をむかえる 行月 
---> 駿府城歩き疲れて電車あり落ち着く頃は家の中かな 行月 
---> つまらなきお金の話俗世ありそんなためにもふりまわされる 行月 
---> ずるずるとうまくいかずに今があり時を忘れて罪悪を知れ 行月 
---> 春のあるこんな展開いつもなり迷惑ばかり先に立つなり 行月 


/*福岡の*/
/*予定が終わり*/
/*帰るなり*/
/*定めと知りて*/
/*展開のぞむ*/

/*福岡に*/
/*思いを残し*/
/*やれるだけ*/
/*やってみようと*/
/*気合を胸に*/


俳句九句更新 ---> http://wakkii.umu.cc/poem_road/2019_3.html 


---> あたたかく何をやろうと願うかな 行月 
---> 三月の勢いどこかウソのよう 行月 
---> 春のある静岡市内城の跡 行月 
---> 春光の朝をむかえてくしゃみあり 行月 
---> 春めいて願いをたくす旅かしら 行月 
---> 春のある元気を胸に走り出す 行月 
---> 菜の花を車窓から見るめでたさよ 行月 
---> あたたかく色んなものが福岡よ 行月 
---> ぬくとくて元気出るまで旅の跡 行月 


/*ありがたく*/
/*春に誘われ*/
/*福岡よ*/

/*先輩の*/
/*笑顔はどこか*/
/*春にあり*/


2019年3月21日木曜日

三島駅からJRさわやかウォーキング

<<追記20190321
今日は芦ノ湖の箱根がスタートとゴールだった。
あんまり歩くというより雨の方が大変だった。
今日も元気を確認と言った所である。
それでも多国籍の外人が多く和気あいあいだった。
そんな世界観を感じて世界が進むのかと思った。

それなりに課題を抱えて日が過ぎている。
それでも簡単に解決しない。
人生そんなものである。それでも考えないと思いつかない。
そこまでの過程はなかなか語りきれない。
私の関心がそうさせる気はする。
それがなかなか思うようなルートじゃあない。
不確定要素が多すぎる。
なのでそんな生活が毎日しかない。
それでもいい人生は送りたい。
それでも難しい。
でもそれが私を考えさせる気はする。

そして女の心は麻薬だなあと思う。
あんまりそれにひたりたくない。
もっとしっかりしたい。それが本音と言えば本音である。
なので話してみるまでわからないというのが率直な感想である。
なのであんまりコンテンツもなく話は展開しない。それが自分の立場である。
ありていに言えば中身そのものが問題であって私にはそれしか関心がない。
幸せとは他人がどうのこうので決定しないと思う。
ほとんど付随的な要素しかなくほとんど本人の問題だと思う。
なので私には不可抗力である。私は私で努力しているだけである。
なので協力でしかない。あとは本人の問題が大きいだけであり
私の問題にするには問題が大きすぎる。結局迷惑でしかない。
これ以上私にはいかんともしがたい。個別に努力するしかない。
幸せじゃあない人が問題を起こしているだけである。私には何の問題もない。
幸せな人は幸せでいれるってだけである。そうじゃあない人が固執しているだけである。
私にそれをどうしろというのかわからない。どうしようもないねえぐらいしかない。
結局今幸せじゃあない人が問題であるというのは私の問題ではない。
私の幸せは私が考える事であって他人は関係ない。
だから他人がそれで運命が変わる事はない。あとは他人の努力である。
協力はあっても他人の力が大きいのが他人である。

ともかく明日一日仕事である。
ボチボチやりたい。
<<追記20190321end



2019年3月20日水曜日

近況

<<追記20190320
昨日は寝る予定が無くて横になってたら自然に寝ていた。
新幹線の疲れだと父親に言われた。
そのためスマホのブログは書き込み出来なかった。

https://ameblo.jp/wakkii-road/

井上靖の「しろばんば」を買おうか迷った。
何か自分の小説が年代順に何巻かあるらしい。
修善寺の時のウォーキングで母親の実家を通り過ぎたのが知るキッカケである。
なんとなくそんな事が私にもあるような気がしては躊躇している。
他に私もやる事あるだろうと思ったり思わなかったりしている。

明日は春分の日である。父に聞いたら自分の好きにして良いと言われ
歩こうかなと思っている。連れの状況次第で電話する予定でいる。
お金もいくらか予算以下に抑えたのでこのままやっていけそうである。
そろそろ四月からの事を考える時期に来ている。
定期代もそうだし目標もそうだし来期の予算もそうである。
あんまり計画が無いのもどうかなと思う。
それなりに計画立てて修正していかないと
ダラダラしてしまうキッカケになるかもしれない。
特に本の予算が私の中でネックである。それが上の小説を躊躇する原因にもなっている。
もっと計画的に戦略的でいい気がする。それが本の予算に存在しないのが不満である。
結局順番に終始している。

それでも今夜はさすがに時間はあるだろうと思っている。
相棒もあるけど録画を昨日確認したのであんまり心配する事がない。
まあ何事も作戦練って計画的で自己修正的でありたい。
それがプロジェクトじゃあないかと思う。
そんな本の予算でありたいのが私の本音である。
それが何となく不満な気分の今日この頃である。

それでも明日はやってくる。
ボチボチやりたい。
<<追記20190320end

2019年3月19日火曜日

近況

<<追記20190319
何とか帰宅した。私としてもこのままで良いのか考えさせられた。
アマゾンでボスの本を買った。
大学はあんまりこんな安穏とした生活とは別世界のように思った。
私のいた頃よりは発展してた。なので今までで良い根拠は無い気がした。

人工知能か専門かという判断も苦しい気がする。
だいぶ道にそれてきた気はする。
それでも道具としてはそれも無難な気もして判断が苦しい。
なので思いっきり遠回りか同時並行かぐらいしかない。

とりあえず思いっきり寝たい。
昨晩は寝付きが悪かった。興奮とアルコールのせいのように思う。
今日の新幹線の中で少しウトウトしてしまった。

少し中性子のホームページを閲覧してみた。
何となく中性子について色々話を聞きたい気がした。
それが目下の所の関心事である。とりあえずそこから明日から仕事である。
安定軌道にのることを祈っている。
なんとなく不思議に感じる事から始めるのが一番である。
それでも気長にやりたい。

それでも明日はやってくる。
ボチボチやりたい。
<<追記20190319end

2019年3月15日金曜日

短歌と俳句


短歌十首
http://wakkii.umu.cc/poem_road/2019_3.html

--->> やり過ぎの日常にありゆっくりと山となるまで時間がかかる 行月
--->> いつまでもわからぬままに時流れ一歩一歩の足跡残す 行月

--->> 三月もどうなる事かさいなまれ仕事が続く我が身あるかな 行月
--->> 春があり待ちわびるほどたまらなく色んな事がはじまるかしら 行月

--->> 謎めいて私に出来る道あれば通るものだと心得るなり 行月
--->> 天国はどこにあるのか見つかれずやってられない世間あるかな 行月

--->> 春雨の天気予報が当たるなり横になるなり元気をこめる 行月
--->> やれるだけやっておこうと本を読み次につながる願いをこめる 行月

--->> 夕暮れの一日終わる気持ちには明るさ戻る裏返しかな 行月
--->> 春雨の期待をこめて一歩ずつじっとするまでなんとかなるや 行月

--->> /*落ち着いて*//*生活したき*//*のぞみにも*//*争いばかり*//*うんざりかしら*/ 行月
--->> /*福岡で*//*やり残すもの*//*何かしら*//*浮かんで消える*//*計画かしら*/ 行月


俳句九句
http://wakkii.umu.cc/poem_road/2019_3.html

--->> 春雨にうたれて祈る傘の中 行月
--->> 春寒に負けてられない一歩かな 行月
--->> なんとなく春めく心元気あり 行月

--->> 卒業も明るい未来祈るなり 行月
--->> 狩野川の河津桜をめでるかな 行月
--->> あたたかく活動的な思いかな 行月

--->> 白梅のきらめく姿もう一歩 行月
--->> 春めいてどうにでもなる心あり 行月
--->> 三月の峠を越して元気かな 行月

/*アテもせず*//*通り過ぎれば*//*春かしら*/ 行月
/*つまらなき*//*春の俗世に*//*こたえなし*/ 行月

2019年3月14日木曜日

近況

<<追記20190314
今日はホワイトデーだった。一応用は済んだ。
また福岡のお土産考えようと思う。十分考える時間が土日にある。

資源が有効活用せなああかん手前競争は無くならない。
その資源は研究も同じである。なので自分で勝ち取るしかない。
それは私も例外じゃあないし他人も例外じゃあない。

物理の天文の情報系というのが私の大学院の専門だった。
恒星の質量によって中性子星になったりブラックホールになったりする。
宇宙の原子の存在量から元素合成を考える研究室だった。
吸収線とか放射線の周波数とか観測のデータをもとに
プログラムで証明する研究室だった。
私は私で周りに影響を与えた。少しばかり罪悪感はある。
それでも私だけでどうにかならない現象だった。
少しでも罪滅ぼしのため書いているようなものである。
私は私で捨て石になるつもりで生きている。
そんな覚悟がなければ今の現状は無いだろうと思う。

明るい未来のため生きていきたい。そんな展望を開けるように努力したい。
それが私なりの人生だったように思う。

総じて良くやってきた。これからは若い人の時代じゃあないかと思う。
段々体力に衰えを感じる。この頃である。
若いようにはいかない。私の現象の再現だけが気になる所である。

最近は物性とかベクトルとかテンソルとかの本も読み出し
物理の奥深さを感じている。私の知らない事が物理でさえある。
それでも私の追求した普遍性は色んな所に影響しそうな気がする。
それが物理の本流のような気さえする。なので私は私でやる事をやった気はする。
それが色んな事に複合的に関係してくる。
他人のやる事も関係してくる。それが普遍性ではないかと思う。
色んな考えを複合しながら標準理論が出来る。
もしかしたら今世紀も物理の時代かもしれない。
そうでもないDNAの時代かもしれない。まだ見ぬ時代を考えさせられる。

それでも明日はやってくる。
ボチボチやりたい。
<<追記20190314end

2019年3月13日水曜日

雑記

<<追記20190313
今日は残業やめて散髪に行ってきた。
私の道はそれなりに独特だと思う。あとはそれが再現できるかぐらいしかない。
それに他人の無責任が横たわっている。私にはどうしようもない。
私は私で誠意を尽くして生きているだけである。
それが私と違うと言われてもどうしようもない。
私に出来るのは誠意を尽くすだけである。
他人の誠意と異なる何て言われても私には無抵抗である。
他に私に出来るのは可能性を追求するぐらいしかない。それも他人とは全く関係が無い。

それでガッカリされても私には無抵抗である。
色んな事をやってきて同じようにはいかない。それが人間の人生である。
あるのは可能性を再現できるかぐらいしかない。
私のようにはいかなくても他の事なら可能かもしれない。
色んな経験をもとにアドバイスも出来る。
それを私が他人を否定しているととる人もいるだろうと思う。
それも承知で私は飛び越える。それが私の可能性なのである。
なのであんまり他人に誤解されてもおかしくない事は多々ある。
私にあるのは可能性なのである。それを否定して今はない。
なので私はあんまり上とか下とか意識しない。
あくまで私の可能性が気になるだけである。
そして他人は尊重する方である。それでも可能性の無い話は苦手である。
それが無責任な他人を敬遠する原因である。
もっと地に足をつけた仕事をすべきだと思っている。
それが東芝テックの子会社には無かったように思えた。
もっとちゃんとした視点が大事である。それもなく仕事しているように思う。
それが最近仕事の本読んでて感じる事であり私の仕事からも感じる事である。
もっとしっかりとした体系の中で仕事がしたい。
それがこの日本に欠けているからデフレになるんじゃあないのかと思う。
安心感のない不安な仕事になっていると思う。
こんなに手堅い仕事をしている気がしないのがデフレの原因のように思う。
もっと体系的にこんなしっかりした仕事ないよねというような仕事をすべきである。
それが不安のオンパレードの仕事するから不安になるのである。
もっと手堅い仕事したらもっと仕事したくなるものである。
それがそうならないのはどっかに不安をかかえているからのように思う。
それが学歴にも職歴にも希望が無い原因だと思う。
もっと頑張りたくなるような手堅さが大事だと思う。
そんな不安の中みんな仕事している。それがデフレの原因だと思う。
それが私にはどうしようもない。私には全く無関係である。
それが他人の無責任とつながっている。もっと誠意を持って生きれないご時世である。
それでも私は私で誠意を示すしかない。なんかこれだけでも犯罪に近い。
私はひたすら無抵抗である。
それでも私は手堅く可能性を追求し幸せを求めるしか術がない。
なんでそれが私の犯罪になるのかチンプンカンプンである。
そんな他人を許して病人としての私の生活が成立している。

それでも明日はやってくる。
ボチボチやりたい。
<<追記20190313end