<<追記20190517
今日も仕事した。夕食の買物して帰った。それでも定刻通り帰れた。
小中学校の頃から大体の予想はついているのにズルズルいっているのは
ただひたすらに無駄な時間を使っているだけである。
それに気づかない。ただそれだけである。
それを私にはどうしようもない。
ひたすらに関係の無い人生を送りたい。それが小中学校の再現である。
それをしいている先生も頭がおかしい。
本当に理想はボロボロである。せめて私だけでも理想を追求してきた。
それが今につながっている。出来るだけ理想と現実を見てきたつもりでいる。
それが私の理論家としての人生だった。それもマイペースで大学入試も受けたし
大学院入試も受けた。本当にツライ病気だったけど何とか卒業修了した。
徹夜で勉強したのは高校から大学院まで何度もあった。
大学を出てからもプログラムの理解やら物理の再整理を私の頭でくり返した。
大学院にいた頃に温度の次元を見つけたが
正直物理が信じられなかった。それが信じられるまでになったのは
さらに次元を追加して究極の理論になりそうだからである。
あらゆる力が表現出来るとは物理の念願の結晶である。
ニュートン力学解析力学量子力学
流体力学熱力学統計力学そういった力学が物理の歴史だった。
それが相対論によって統一場理論的である。
大学院にいた頃は量子力学と相対論の相性が悪いと聞いていた。
それが温度の次元ぐらいがのぞみの綱だった。
それがあらゆる力を分類しているうちに次元になる直感が働いた。
それからも色々頭を冷やしてこの理論の将来を考えている。
でも私がそれを私が意欲的だったのは新たなエネルギー保存則が必要だったからである。
それは私の永久機関に悩んでいたからである。
そうやって普遍性に私は取り組んで解決を試みた。
そこまでが私の四十年間ぐらいの歴史である。
それでもう最高四十年ぐらいしか私には残されていない。
私の同年代で私の四十年をくり返せるだろうかあとはひたすら経験しかない。
若い時より体力が落ちたように思う。やる事は一歩一歩である。
出来る事は一歩一歩に持ち込む事である。
大体小中学校の頃の話から脱線したままである。
そんな人生と比べて何になるのかわからない。
そうやって先生がしいるのは犯罪である。
もうあるのは楽しく生きるしかない。ここまで私の人生は楽しいものであった。
これからもそういう人生を送りたい。それは小中学校の頃から比較にならない。
私は私で理論家の役目を果たした。
この重い面白い人生に病気があってもへこたれなかった。
それを社会は重く受け止めるべきである。人間ここまで病気でもやれるのである。
人間に必要なのは生活と時間と本である。
それが最低あれば何とかなる。それを物語っていると思う。
それでも明日はやってくる。
ボチボチやりたい。
<<追記20190517end
短歌十首更新 ---> http://wakkii.umu.cc/poem_road/2019_5.html
---> 五月から令和はじまる改元にあらたまるものそれぞれかしら 行月
---> 汗かいてたまらぬ思い五月あり息つく暇も残念至極 行月
---> 反省ものりこえつつも課題ありうまくいくまで続くものかな 行月
---> 連休のやる事どこかウソのよう元気あるならボチボチかしら 行月
---> めでたくて五月をむかえ歩くなり健康祈る静岡かしら 行月
---> 汗をかきウグイス鳴いてこたえありあの青空も鏡そのもの 行月
---> たくましく富士宮にも日本晴令和にはいり新時代かな 行月
---> 歩いても気の済むように話ありそんな元気が新時代かな 行月
---> 焼津にも疲れ残してあとにするよみがえるほど夏の夢かな 行月
---> ゆっくりし連休終わる気合あり何とかなるさ思い残して 行月
/*雨の中*/
/*どうなる事か*/
/*仕事あり*/
/*一歩一歩の*/
/*くり返しかな*/
/*生きるとは*/
/*不思議なものよ*/
/*唱えても*/
/*わかりあえない*/
/*おもいを胸に*/
俳句九句更新 ---> http://wakkii.umu.cc/poem_road/2019_5.html
---> 我が身にもイチゴのパンチはじけてる 行月
---> 峠にもまだまだかしら夏近し 行月
---> 目の前のやる事多く夏隣 行月
---> ウグイスよお前にこたえ勇気かな 行月
---> めでたくてあちらこちらにツツジあり 行月
---> 椿にも再び会える元気かな 行月
---> ウグイスやつややかな声響くかな 行月
---> バラのある商店街に心かな 行月
---> 歩くうち富士にみとれて富士宮 行月
/*なんべんも*/
/*元気唱える*/
/*夏の朝*/
/*蛙鳴く*/
/*出会いはどこか*/
/*旅の跡*/
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