2018年12月2日日曜日

修善寺駅からJRさわやかウォーキング

<<追記20181202
今日は修善寺から紅葉狩りだった。
途中自然公園で鹿肉の味噌汁をもらった。
帰り韮山劇場に行ったがあんまり人がいなかった。
とりあえず今日も歩いて元気かなという感じでいる。

今日の予定は読書と録画の消化と短歌と俳句ぐらいである。
懸案は一眼レフと作曲である。
それがなんとなくここんとこのパソコンと一眼レフの影響で
私にも試せる機会がおとずれている。
三島に来て十五年長かったけどそれなりに成長している。
年老いているの間違いかもしれない。
それなりに我慢もあって苦労もあって努力もあった気もする。
それが今に結実している。
それでもやる事多く簡単に終わらない。それが仕事に走らない原因である。
そんな仕事でいいのか私にはわからない。
それでも色んなチャンスを感じるのは仕事が仕事になっていない気がする。
そこら辺が私が理論家でいる原因かもしれない。

ともかく世の中に訴える形で発信したいと思っている。
そのための創作にしたい。そのためには色々やってみないとどうなるかわからない。
そのためにパソコンや端末があると思っている。
そんなに色んな事が出来るのは時代のおかげだろうと思う。
それぐらい年々チャンスは転がっている気はする。
それをつかまえて世界に訴えたい。それが私の未来像である。
なので今まで失敗してもチャンスはある気はする。
私は私で今までの延長しかない。これ以上成功しても仕方ない気もするけど
それぐらいしか私が時間を使う理由がない。
私自身そういう状況にいるという事だろうと思う。
それはそれで犯罪に近いと思うけどしょうがないそういう運命にいると思っている。
それが私が仕事をするという事にもつながっている。
ただあるのは世界は無責任地帯という事だろうと思う。
それでも私は世界に訴えたい。それが私の心である。

そんなこんなで短歌と俳句は終えた。
残すは読書と録画の消化である。
今週も出来るだけ書き込みを減らしたい。
それが私の負担を減らす。新たな発想よりも大事な気がする。
総じてやり過ぎである。出来るだけ収束を試みたい。

それでも明日はやってくる。
ボチボチやりたい。
<<追記20181202end





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