2020年7月26日日曜日

雑記

<<追記20200726
何とか今週は外国語出来た。何事も慣れが大事だと思っている。短歌と俳句も同じである。文章も同じである。
そうやっているうちに何かが起これば良いけどキッカケは大事のように思う。
それで色んなアンテナを立てている。それで読書に走るのだけれど運動もしたい。
今日の午後から時間があるので運動したい。あんまり私の方で言いたい事もない。
もうあるのは未来に向かっていくだけである。私にあったのは考えの格闘である。
どうにかここまで来れた感はある。それなので私なりの格闘だった。
私が出来るのだから他人も出来るだろうというのが私なりの気持ちである。
そこまで慣れないと結果がついてこない。今も慣れが必要である。それが外国語にも言える。

色んな突破口があるだろうと思う。それにチャレンジするのはそれも生きる意味である。
一つや二つどころかたくさん突破口がある。たまたま私は私の突破口があった。
新しい創造をするということが大事なんだと思う。
それに何故なのか慣れが関係してくる。そこには冷静さも取り戻している気がする。

私には何だかその慣れを他人に理解してもらえてない気がする。
それが私の問題の核心のように思う。ほとんど私の問題じゃあ無くて他人の問題である。
それが私の問題にすりかわっている。

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今の所、夕食はカツ丼にして明日の弁当を作る予定です。
運動もチョコチョコやってます。半日ありますがそれでもそれなりに雑務があります。
気分転換になったかは自信ないけどゆっくりしたような気はします。
何となく全体的に継続は力なりです。
「みちしる沼津」に勤務になって六年経ちます。その間に外国語もやり出しました。
そして読書とホームページに集中しました。それがこの六年間の価値かなと思います。
物理的にも数学的にもプログラム的にもやり過ぎのように思います。
あんまり私は恐れる事が無いので自由だったのが要因だったと思います。
出来るだけ私の感覚を記そうと考えてました。
それが出来てまた読書したくなりました。そのくり返しです。
多分ここまで私の時間を作らなければ実現しませんでした。
仕事ばかりしてたらこうなっていませんでした。とくにフルタイムだと読書出来ません。
ホームページもそうです。土日ぐらいしか考えられません。
私の時間を作ったから可能でした。それをいつまで続けるのかも難問です。
当分やりたい気はします。それぐらい読みたい本があるためです。
それを物理や数学につなげたいと思ってます。
今週もテーマが見つかるまで書き込みを減らしたい。よろしく。
<<追記20200726end

<<追伸20200726の小言
一応短歌も俳句も順調のように思います。そんな私の気持ちがあらわれる短歌と俳句が生命線のような気がします。
私にも出来るかなと思ってはじめたのがキッカケでした。
色々峠はあった気はします。それでも続けたのが意味があったように思います。
なので質より量のような気がします。それと文章も書いていたのも影響している気はします。
芭蕉の「奥の細道」を写生したのが少なからず影響しています。
俳句というより文章の文法が参考になりました。それもホームページに書き込みました。
今も自分で作って自分で驚いています。それははじめた時からそうです。
明日は仕事です。今週もボチボチやりたい。
<<追伸20200726の小言end

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