2018年8月14日火曜日

近況20180814

<<追記20180814
今日は蕎麦屋で昼食した。
あんまり他に言いたい事もない。
それでも私が書いているのは強迫観念だろうと思う。
ほとんど私の問題ではないのに他人の問題がクローズアップしている。
私はそれについていけない。
それが私の強迫観念である。
それだけで毎日書いている。
いつになったら解決するのか私にもわからない。
他人の状況が良くなるまで続くのだろうと思う。
そんなの犯罪レベルである。
それが他人の損得勘定である。
いつになったら正しくなるのか私には想像つかない。
間違い探しの方がラクである。
そんな仕事しか他の他人はしない。
それではいつまでも正しくならない。
そんな不毛な努力をくり返している。
私にはもう為す術がない。
無駄に無駄を重ねて努力だと言われても私はどうしろというのかわからない。

昨晩は難民の話を聞いていた。
またそれは私とは違う話に聞こえた。
それはそれで私のスタートとは異なるんだろうと思う。
日本人が日本語通じなくてどうすんのというのが私のスタートだと思う。
大学の専門は細分化されて専門語が異なるジレンマを感じた。
それでも日本語使わなあ理解されない。
いくら専門語があっても理解される努力も必要である。
それなのに一般庶民まで日本語が通じない。
そんなに勝手に生きてなんとかなる世の中じゃあない気がする。
それなりに認められるには理解される努力が大切である。
そんな理解される努力もなくて認められない。
そんな手前無駄に無駄な努力なんて理解されるだろうかと思う。
正しくもない無駄な努力なんて理解出来ない。
ここまで来ると私には不可抗力である。
まったく私には無関係である。
異次元の人である。
そうやって幻聴聞いてどうしようもなく私は強迫観念にとらわれているのである。
結局一般庶民にとって正しさなんてどうでもいいのである。
そういうレベルが自然の無い都会のあるレベルである。
疲れ果ててしまう精神構造である。自然のおおらかさとは真逆である。
そんなこんなで高校受験の時と変わらないストレス状態である。
みんな勝手にやっている状態である。
そんなんで人間が共通認識を共有出来る気がしない。
なんか教育方針が間違っていると思う。
ただ不毛な損得勘定しかしていない。ただ自分勝手なだけである。
歴史的に天才は必要である。
それをどうやって共通認識までもっていくのかが大事である。
電磁気学のマクセルの方程式だって最初は誰も理解出来ない中
なんとか共通認識までもってこれたのである。
それを可能にするのが勉強である。何のために勉強するのかと言えば共通認識である。

それでも明日はやってくる。
ボチボチやりたい。
<<追記20180814end

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