2020年6月7日日曜日

雑記_take2

<<追記20200607
政治をする時に自分の修養が大切だと言われるけど
それは自分が等身大で考えられるからだと思う。自分の身の丈で可能と不可能を知る。
それがそのまま政治の不可能と可能が見えてくる。
それが国民の側に見えてこないと本当の民主主義じゃあない気がする。
そうじゃあないと国民の側も不可能を可能に出来ない。
そんなチャンスを国民の側も見えていない。
全てはブラックボックスの中である。それで国民の出来る事も限られている。
要するに本当の民主主義じゃあない。
自分が身の丈になって日本が身の丈になる良い所は現状の限界が見える所である。
そしてそれを許すか許さないかは個人に託される。

私にはそれが出来て民主主義の一つのような気がする。

今日は外国語やる予定である。読書もなかなか進まない。
何かそんな感じで夏が終わりそうな気がする。下手すると正月までこんな感じである。
ここんところもう一度数学の本を読もうと思っているが用意しているだけで進まない。
そんな数学の準備ぐらいが変わった点である。
あとは全体的に消化するだけである。
それでも教養があるってなんなんでしょうねえ。仕事が出来るわけでもないし
ほとんど自己満足しかないのにそれがそのまま学校の意味になっている気はします。
仕事のために学校があるとは思えません。
もうちょっと学校の意味を深掘りしないと仕事に直結しない気がします。
私はみんながプログラム出来たらみんな仕事が出来る気はするけど
そんなに仕事が単純のような気もしないのでそこら辺の教養に対する疑問があります。
数学は数学で大事だしそこら辺の微妙な気持ちがあります。
それでもプログラムが出来ればパソコンで出来る事はプログラム出来るわけなので
可能性は広がると思います。なんせ何でもパソコンでやる時代だからです。
そんなこんなで今がただ一人でここまでやる限界点のような気がします。
それがいつまで続くかわからんけどやれるだけのことはやっておこうと思ってます。
今週もよろしく。
<<追記20200607end

<<追伸20200607の小言
今日は色々考えたけど段々テーマも無くなってきています。
なので収束に向かっているように思います。ただあるのは現状報告ぐらいです。
それでも読書して色々言いたい事が出てくるかもしれません。
そのためテーマが見つかるまで書き込みを減らしたいです。よろしく。
<<追伸20200607の小言end

<<追伸20200607の小言_take2
「権力」の本を三冊読んでて三冊とも40%ぐらいなんだけど
身の丈の国を求めたら「小さな政府」なのかなと思った。
偉大な国はいらないのかもしれない。それが民主主義の国の末路かもしれない。
ともかく私は権力を守る方じゃあない。それが私の方針のような気もする。
それでも権力は分散している気はする。私たちに出来る事は増えている。
それがインターネットとパソコンとスキャナーとデジカメとプリンターやスマホにも
あらわれている。
ともかくあと60%が三冊あるゆっくり読みたい。よろしく。
<<追伸20200607の小言_take2end

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